Above & Beyondと変わることの話



今月10日にAnjunabeats Volume 13が発売になります。前作から1年2ヶ月ぶりのカタログシリーズになります。
トラックリストによると、ABGT200でワールドプレミアされた曲を中心に現在のAnjunaを支えるアーティストの新曲が並び、さらにこれまでのAbove & Beyondの楽曲でも非常に高い知名度を誇るNo One On Earth (Gabriel & Dresden Remix)の新録版も収録されており、これも大きな目玉でしょう。
他にも気になる楽曲が多数あるのですが、今回の文章はAnjunabeats Volume 13の注目すべき点を紹介していくという内容ではありません。


このアルバムに収録され、またABGT200では一番のハイライトとなったAlright Now (Above & Beyond Club Mix)という曲がこれから続く文章の入り口です。

 

 


Alright Nowは、昨年11月にリリースされたOceanLabとして実に9年ぶりの新作であるAnother Chanceに続くJustine Suissaとの作品です。メロディにも歌詞にも希望が満ち溢れ、聴く者の心を包み込み、安らかな気持ちにさせてくれる美しい楽曲です。
この曲がABGT200でプレイされた際のBPMはほぼ128で、非常に心地よく聴こえました。この128というBPMが現在のダンスミュージックではとても馴染みの深い数字であることはこの文章を読まれる方であれば説明せずともご存知かと思われます。
どうして128がスタンダードになったのか、という経緯は勉強不足で詳しく知らないのですが、歴史的な背景を抜きにしてもこの速さの曲は万人が踊りやすい、楽しみやすいものだと個人的には感じています。
速すぎるのでついていくのが疲れるということもなく、遅すぎるので間延びしてしまうということもなく、特にEDM系のプログレッシブハウスやトランスのようにメロディを重視するジャンルの音楽でこの速さがスタンダードになったのはこういった点があるのではないだろうか、と感じます。
しかし、Volume 13のトレーラームービーに使用されていたAlright Nowを耳にした瞬間、違和感を覚えました。BPMが126になっていたのです。たった2の違いですが、かなり大きな差だという風に感じました。


実は先程名前を出したAnother Chanceのクラブミックス版もBPMが126です。この曲がリリースされたことはとてもうれしい出来事だったのですが、126だったことはとても残念でした。なぜ128にしなかったのかはわかりませんが、きっと彼らなりに根拠があるのでしょう。
ここ最近、Anjunabeatsからのリリースに少しづつ126の楽曲が並ぶようになりました。Another Chance以降まだ数曲ではありますが、今までになかった傾向です。GrumやCapa, TuskanaのようにPryda系のプログレッシブハウス色が強いアーティストは126やそれ以下の曲を出していましたが、あくまで主流だったのは128、あるいは130でした。
Alright Nowが126であることに気づいた直後、悲しいような寂しいような、なんとも言えない感傷的な気分に包まれてしまいました。たかだかBPMが2違うだけなのですが、どうにもそのことを受け入れきれなかったのです。
もちろんこの傾向が続かない可能性もありますし、もしAbove & Beyondが変わったとしても、正直に言えばすぐに慣れてしまうということも事実です。なのでこんな気分になっているのもきっと今だけなのだろう、とは思います。


Anjunaというブランドにはこの夏に大きな変化がありました。ロゴ、ジャケットデザイン、制作物に使われていたフォントを大きく変更し、ビジュアル面でそれまでのイメージを一気に刷新したのです。
もっともよく目にするであろうシングルリリースのジャケットは必要最小限の情報を提供するだけでありながら、整ったデザインでインテリジェンスを感じさせるものでした。新たなデザインでは、特にフォントの変化によるものだと思いますが、それまでに比べるとかなりポップな印象を受けました。


Anjunabeatsは旧ジャケットが単色背景にロゴとクレジットを配置しただけという非常にシンプルなものでしたが、外側に枠が追加されクレジットの位置が変化し、目にした時の印象をより強くしたように感じられます。


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Anjunadeepだと、旧ジャケットではbeatsと同デザインながら、背景を統一し曲ごとに文字とロゴの色を変えていたものが、新ジャケットでは似たようなモチーフの背景画像を使用しながら変化させ、代わって文字色を統一するようになりました。
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今までのイメージを知る身からすると少しちぐはぐに感じる部分もあります。クレジットとロゴのセンターがずれていることはその最たる例で、一度気付いてしまって以降どうしても目が向くようになりました。海外のファンが集う掲示板でも新しいデザインは概ねマイナスな評価が多く、fワードを使ったかなり強い否定も見られました。
この変化に関して言うと、あまりにも大きな変化だったので最初は受け入れられない気持ちがかなり大きく、すぐにでも戻してはくれないだろうか、と考えることもありました。ですが先述の通り結局すぐに慣れてしまい、新しいデザインもこれはこれで悪くないかなと今は感じています。


今までにこれほど大きな変化があったのは、2012年に彼らのラジオショーだったTrance Around The Worldというプログラムが、新しいアルバムを契機にAbove & Beyond Group Therapyというプログラムに一新されたことが挙げられます。
単なるタイトルの変更というだけでなく、内容もTATWとABGTで、移行の前後では流石に似通っているにしても、まさに別番組と言って過言ではない程に変化しています。同じトランスのラジオショーであるArminのASOTが微妙な変更を一時的に試したものの、結局はほぼ変わらないフォーマットで800回もの放送をこなしているのとは対照的です。
今回も変化の背景にも、新アルバムのリリースという彼らにとって大きな仕事が関わっているのではないかと考えられます。それを裏付けるように、Above & Beyondに欠かせないパートナーの一人であるZoë JohnstonのFacebookには、彼女が撮影したと思われるスタジオでのJonoとTonyの写真がアップされ、さらにOceanLabの要であるJustine Suissaのinstagramにも新たなアルバムの制作をうかがわせる投稿がありました。
いつ発表されるのかなどといった情報は一切ありませんが、既に新しい一枚の制作に入っていることは確かなようです。


Anjunabeatsからのリリース傾向の変化、そしてビジュアル面での変化、どちらもAbove & Beyondが決定に関わっているのはレーベル運営という立場上間違いのないことです。
Above & Beyondの3人がこの変化を、新しくなることを良いものだと信じているからこそこういうディレクションになっているのだと思います。
Anjunaが大きな変化の過程にあることは事実であり、変化していくこと、変化しないこと、どちらが良いのか自分には判断ができません。新しいAnjunaも古いAnjunaも、どちらも心から敬愛しているからです。
Above & Beyondは変わっていくことを選びました。何度かの大きな変化を経験しながら、しかし自分たちのアイデンティティを失うことなくまた新たなステージへと進みつつあるAbove & BeyondとAnjunaという存在。変化を通じてもなお失われることのない彼ららしさに強く惹かれ、感動し、影響され、動かされ、その結果彼らに対する崇拝とも言うべき強い愛情が生まれました。


"LIFE IS MADE OF SMALL MOMENTS LIKE THESE"というAbove & Beyondのファンの間ではあまりにも有名なメッセージがあります。
いま抱えているこの気持ちは遠からず自分の中で咀嚼され、忘れ去ってしまうものかもしれません。しかしこの瞬間に感じていることは、たとえ小さな感情のゆらぎであっても、何らかの形で自らの世界に還元されると信じています。
彼らもまた、自らの歴史における一瞬の積み重ねの上に今があり、そして形を変え続けながらも"Above & Beyond"という世界観を我々に魅せてくれているのです。
今まさに起こっている変化は、自分にとっても彼らにとってもこのメッセージを体現している。そう思えてなりません。